チョコレート博物館:市販のチョコレート菓子と地方限定チョコ
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コンビニ繁盛記

かつて、カリスマ店員をめざした者達が居た…

商店街の小さなお店で働く人々の、笑いとペーソスあふれる日常。
その中で、ある者は人望と接客術によって売上に貢献し、
自らの時給にも多大なる影響を与えたという。
人々は彼らをこう呼んだ。『カリスマ店員』と……
これは、カリスマ店員を目指した者達の飽くなき闘いの記録である。

主な登場人物

オーナー夫妻

元・酒屋の老夫婦。いいひと。

Mちゃん

高校の時から当店でバイトをして5年。様々な芸能人に似ていると言われる彼女は、店のカリスマ店員だった。2001年秋で当店を巣立つ。

学生のときこの店で働いて3年間、色々なバイトとの掛け持ちをこなすも、結局卒業まで居つく。チョコ好き。

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13.- 番外・ジャ○コ繁盛記〜中編 -
ジャ○コの青果売り場には、販売促進用のテーマソングが流れている。
四六時中流れている。
私はほとんど持ち場から一歩も離れずにバイトをしていたので、イヤでも耳に張り付いて離れない。
それは↓こんな歌である(著作権がどうなのか知らんのでJASRACに通報はしないでください)。
唐突に「♪やさいの秘密を知ってるかいっ」 と、問い掛けられる。
人は『なんだろう。有益な情報ならば聞いておかねば』という興味に駆られて耳を傾けるであろう。そこへ、
「♪食べると体にいいんだよっ♪」
という、世の中をなめきった答えが返ってくるのだ。
歌は尚も「野菜!(やさい!) 野菜!(やさい!) りょくおうしょくやさい〜♪」
と、少年少女合唱団の声で合いの手が入りつつ続き、挙句の果てに
「♪べじたブル〜は、 ワンダフルッッ!!」 
と、渾身のギャグで締めくくられていた。
一日中聴かされていた私はこの歌に対し、「私への挑戦か!?挑戦だな、ああ!?」
という追い詰められた感想しか持てなかったのだが、他の方にはどう映るだろうか。
また、「♪ふる〜つ〜でビューティふるッッ!!」という、
ほとんど同程度の内容で「フルーツの秘密」という歌も流れていたことを特に付記しておきたい。
(続く)

12.- 番外・ジャ○コ繁盛記〜前編 -

2000年の暮れ、私は短期バイトでデモンストレーターというものをやってみた。
要は、商品の試用・試食をお客様にすすめ、商品を効率良く売る というものだ。
短期バイトを斡旋してくれる事務所に登録しておくと、「じゃ、ヨー○ドーの××店でフェアがあるから
行ってきて」などと、派遣先を紹介してくれる仕組みだ。
なので、その派遣先については行ってみるまでどんな所かわからず、
事務所の方でも詳しくは把握していないのが殆どである。
私が紹介されたのは、下町の某大手スーパーチェーンで輸入ブドウを試食させる仕事であった。
「ブドウなら嫌いな人もそうそう居ないから初めてのお仕事にはいいよ。よかったね
事務所のお姉さんにそう言われて、私は期待と不安に包まれながらも派遣先に赴いた
(勿論、お仕事に就く前に、事務所で発声・接客等の熱い訓練を受けたのは言うまでもない)。

朝早くから始まる仕事だったが、派遣先に着いてみて異様な光景を目にした。
開店1時間以上前から人気バンドのライブ会場前みたいな列がびっしりと店前を埋め尽くしている。
それを整理するためのおびただしい数の警備員・店員・警官(とおぼしき人)……。
「なんっじゃこりゃぁ!?」と叫び出したい衝動を抑えてよくよく見ると、そこかしこに
「ジャ○コ××店 本日グランドオープン!」 の文字が。
なんとこの店は、今日、オープンするのである。
きっとセールの為、店内は大勢のお客でしっちゃかめっちゃかになるだろう。
社員も緊張&不慣れの二重奏でバイトに気を遣う余裕すらないであろう。
予想は全て的中した。さらにオープンセールとあって私以外にも外から派遣されてきた
バイト・パートさんが多く、満足に荷物を置く場所や着替えをする場所すら無い。
「在庫はあっちの方にある」「休憩は適当にとって」「君の持ち場はあっちら辺」と、
社員も自分のことで手が離せないらしく、対応はかなりアバウトだ。
そんな中、なんとか自分の持ち場を発見してみると、そこには嫌な予感のする物が。
ブドウの脇にハカリが置いてあるのだ。
「量り売りだから、100g○円でお客さんの好きな量をはかって金額出して、袋に入れてあげてね」
社員がハカリの使い方を説明してくれたが、試食させてブドウを勧めるまでが仕事だと思っていたので
私はかなり重たい空気に支配されていた。
そして追い討ちをかけるように、私の持ち場の真横がよりによってドリアン売り場
よく熟れたドリアンの、あのかぐわしい 腐敗臭香り が辺りに漂っている。
こんな中でジャ○コの「開店セール!」と書いてあるハッピを着せられ(聞いてないよ)、
周囲の朝市のようなでけぇ呼び込み声に負けじと、声を張り上げながら、
私の5日間の短期バイトはスタートした。 (続く)

11.- 変なお客様列伝 4 -

皆さんは赤の他人のタバコに火をつけたことがあるだろうか?
私はある。
いつも当店でタバコをお買い上げ下さる御婦人(50代くらい)が
火、くださる?」と言って毎回タバコをくわえた顔を差し出すのだ。
店では勿論ライターも売っているのだが、この方は一度も買ったことがない。
初めて応対したときに当たり前のように「火つけてよ」と言われたので
思わず「あ、はい」とホストのように店の備品ライターで火をおつけしてしまったのだ。
それ以来「やっぱダメです」とは言えずに来る度ズルズル点火している。
見たところ、成金夫人ぽい奥様なのだが、彼女はライターを持ち歩かないのだろうか?
それともコンビニの若い店員に火をつけてもらうのが快感なのであろうか?
『そういえばうちの店って店内禁煙だよなぁ』などとぼんやり考えつつ、
私は今日も奥様にライターを差し出すのだった。

10.- 変なお客様列伝 3 -

最近、変わった常連さんがよくいらっしゃる(いつものことか?)。
例えば50代半ばの御婦人。眼鏡がおしゃれなおばさまだ。
店内に入るやいなや、店員めがけて質問を浴びせる。
「いつものアレは入ってるかしら?」
入荷してます、と答えると、彼女はすぐさまアイスクリームBOXに飛びつく。
彼女がいう「アレ」とは、「あいすまんじゅう」というアイスのことだ(同名の別アイスもある)。
中にあんこの入ったアイスなのだが、外側の皮にあたる部分が独特の味わいである。
「ここのお店と新宿のナンチャラと九州のカンチャラでしか見たことないのよねぇ」
と、おばさまは仰る。たぶん探せば他にも売ってる店があるとは思うが、私は口には出さない。
そして彼女は「あいすまんじゅう」をあるだけ買っていく。
大量すぎて重そうな場合は2度に分けて買いに来る。
それだけではない。
さらに彼女のすごいところは、
「あなたにはまだ、あげてなかったわね」
と言って、店員に「あいすまんじゅう」を配るところである。
「美味しいから一度、絶対食べてみて」
そう言い残して彼女は帰ってゆく。
うちの店の者は全員これをやられた。
あんこが苦手なMちゃんは「あ、どうも、あはははは…」と、乾いた笑いを浮かべていた。
おばさま、貴女は偉大です。
しかし陰で「あいす伝道師」と呼ばれていることを、彼女は知らない。

追記:その後、この「あいすまんじゅう」はTVでCMが流れていました。
9.-  時事ネタ (Mちゃんの経験より) -

先日、2千円札が発行された。
新しい物が出たとなれば、欲しくなるのが人情かも知れぬ。
そんな時代の波は当店にも押し寄せた。
2千円札発行の日の夕方、年の頃は小学校低学年だろうか、可愛い兄妹が訪れた。
幼い兄妹は
「お前言えよ」「やだ、お兄ちゃん言ってよ」
と、何やら譲り合い精神。
何だろうと見守っていると、クシャクシャの千円札を二枚広げて、
「これを2千円札に替えてください!!」
……一瞬何が起こったのかと思ったが、残念ながら私もまだ実物を見たことはない。
「ごめんね、ここでは替えられないの」
言うと、兄妹は真っ赤になって走り去っていった。
ああ、人はそうやって大人になっていくんだね。
ちょっぴり切ない海の日の夕暮れだった。

8.− 変わった店員列伝(いいのか?) −

一緒にバイトしているMちゃんは美容学校の生徒だ。カリスマ美容師(?)を目指して日夜修業に
励んでいる。ある時はパーマ実習でひたすら髪を巻き、またある時はネイルカラー実習で
隣の子に変な色のマニキュアを塗られてそのままバイトに来る。そんな店員だ。
いつも学校帰りにまっすぐバイトにやってくるため、荷物も学校から直接持ってくる。
美容師の卵は色々な道具を必要とし、毎日重そうなでっかいバッグを持っている。
まあそれはいいのだが、ある日私が客として店を訪れると、レジにMちゃんがいた。
「あっ、いいところに。ちょっとそこで待っててね」
そう言うと彼女はロッカー室に消えていった。
なんだろう、と思いつつ待っていた私は、戻って来た彼女を見て言葉を失った。
小脇に人の生首を抱えている!!!
……否、マネキンだった。しかし、彼女はこの上なく得意気に、満面の笑みをたたえて
「見て見て」と、私にそれを突き出してきていた。「練習用に、一人一個ずつ配られるの」。
私はひとしきり笑ってからこう告げた。
「………戻してらっしゃい。いい子だから」
嗚呼、常人である私にそれ以上の何が言えただろう?彼女は毎日これの頭をセットしているのか?
そのときは彼女もおとなしくブツをロッカー室に戻してきた。はずだった。

私達が生首マネキンのことなど忘れて楽しく店員と客として談笑している頃、
ロッカー室の奥からオーナー夫人の絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
「……ねぇ、Mちゃん。さっきの、しまったんだよね?」
「え?入りきらないからロッカーの前に置いてあるけど?」
「…………袋に入れて?」
「いや、そのままで」
――――ごめんなさい、奥さん。悪いのはMです。

7.− 変わったお客列伝 2 −

唐突だが、コンビニ店員にとってお客様は神様ではない。
日々、刺激をもたらしてくれる愉快な芸人さんだ(言い過ぎ)。
先日も、楽しい芸人さんが当店を訪れた。
それは、ある雨の夜だった。
とある常連の男性が夫人を同伴して来店した。
いつも一人で訪れては、店員に陽気に話しかけて新聞を買っていく人だ。
その日は夫人がレジで会計を済ませて、彼は外で待機していた。
―――ように見えた。
しかし、次の瞬間、彼は傘をさしたまま店内に入ってきた。
傘の先端からは、大粒の雫がぽたぽた落ちている。
誰も彼を止められなかった。
そう、夫人ですら。
夫人が黙認しているのを、無力なバイトたちが止められるだろうか?
(いや、止めなきゃいけないんだろうけど)
彼は、夫人が会計をすませると、何事もなかったように去っていった。
さようなら。君を忘れない。

6.− ホワイトデー大作戦 −

世の中には面倒な行事がある。このホワイトデーがそのいい例だ。
積極的にとり行う人間がこんなに少ないのに、よく成り立っていると思う。
例えば、ある中年サラリーマン。
バレンタインに娘や女性社員からチョコをもらった彼は、会社の部下への義理は
どうにかこうにか果たしたものの、肝心の娘へのお返しをすっかり忘れて帰途につく。
そして街でコンビニの店頭ノボリの「ホワイトデーフェア」などという文字を見て
ボンヤリと「ああ、今年のお返しは高くついたなぁ」と考えていたりすると、
ハッと気付くのだ。「娘のサヤカ(仮名)に何も用意してない!!」。
その瞬間、頭をよぎるのは、泣き出す娘の顔と「それでよく父親やってられるわね」とでも
言わんばかりの非難をたたえた妻の表情。いけない。今からでもどうにかしなければ。
そんな彼の強い味方が、コンビニである。
実際、当店にもそんな風情のおじ様方が数人来店されました。
しかし悲しいかな、うちは普通のコンビニではないのである。
バレンタインが終わった翌日から、既にメイン棚には「フルーチェりんご味」だの
「カルピス原液」だの、「メロンソーダの素」だのといった夏休みの友な商品が
陳列されていたのである。
「何かホワイトデーの物はありませんか!?」と、切羽詰まった表情で来店される
おじ様方に、まさかメロンソーダの素を勧めるわけにもいかず、涙を飲んで
お引取り願ったものだ。皆さん、来年もきっとこうです。諦めてすぐ近くの
ロー○ンかファ○リーマートかセブンイ○ブンにでも行ってください。

余談:当店のオーナーに、我々店員一同からバレンタインにプレゼントを贈ったが、
律儀にもきちんとお返しを下さった。開けると中からは、市販のお菓子と共に
3枚のビール券が出てきた。やはりオーナー、侮れん。

5.− 変わったお客様列伝 1 −

今年もバレンタインが幕を閉じた。例年私が期待を寄せている「お客」は
やはり現れなかった。その「お客」とはすなわち、
『仲間内の罰ゲームで、バレンタインにチョコを買いに行かされた男子校生』
である。
毎年、ちょっとだけ楽しみにしながら待っているのだが、屈辱にまみれた顔で
「チョコ、ください・・・・・ぐっ」と言って哀しみを背負いながら去ってゆく姿は
まだ見たことがない。非常に残念だ。
しかし、普通程度に変わったお客様なら毎日のようにいらっしゃる。
例えば、先日の紳士。ホットドリンクコーナーを指差して、
「その『おいしいお茶』をください」。
だが、紳士の指先にあったのは、まぎれもなく『お〜いお茶』であった。

4.− バレンタイン大売出し −

またこの季節がやってきた。わが店もバレンタイン商戦真っ只中である。
私はチョコは「もらうもの」あるいは「作るもの」と思っているが、
CDケースに入ったCD型チョコなどを見ると、つい珍しくて買いたくなってしまう。
毎年変わった面白い商品が出るので、誘惑の多い季節だ。
さて、当店はコンビニであるのでチョコは小さめの箱入りしか売っていない。
「どうせコンビニで買うのなんて義理 だよ」と、隣でバイトのMちゃんが言う。
小学生以下なら本命でもこれくらいのを買いそうな気もするが、問題はそこではない。
当店は元・酒屋の老夫婦が営んでいる。オーナーは季節感には敏感な方だが、
若者の流行・興味にはとんと疎い。
それが証拠に、「ばれんたいんフェア♪ 」と書かれたボードのまん前には
清酒・福の声」だの「越乃白雁」だのが並べられているのだ。
しかも、それらのラッピング見本までつけて・・・・・・・・。
少し気の利いたものといえば「テディベア型ボトル入りのブランデー」やら
「ハートのボトルのワイン」あたりだ。所在なさげに並ぶチョコも、なぜかウイスキーボンボンが多い。

元・酒屋なのはかまわないが、もう少し売れそうなものを並べてはどうか。
いや、今ある物が売れるのも大歓迎なのだが、
もしまかり間違って「この一升ビン、ラッピングしてください」と言われたとき、
包むのは私たちなのだから。

3.- お客様に愛をこめて -

コンビニの店員は、意外とお客のことをよく見ているものである。
特に常連ともなると、会話を交わしたこともないのに喫うタバコの種類を変えたことまで
店員にチェックされているから恐ろしい。
目立つお客なら尚更だ。
うちの店にも名物客が何人かいる。
例えば通称「カフェラッテ」。いつも必ずコーヒー飲料カフェラッテとマルボロ赤を買っていく人だ。
それだけならともかく、この人はベイスターズの三浦も真っ青の物凄いリーゼント
しかもテカテカのカチンカチン。そういう形のヘルメットみたいだ。
たまにギャッツビーのハードを買っていくから、それで固めてるんだろう。
大抵ボスジャンを着てるのだが腰が低くて、人は見かけによらないことを痛感する。

その他にも、故・大川慶次郎氏にそっくりな人が来店する。
ハンティング帽をかぶっているところまで同じで、今日来たときは思わず
足があるか確認してしまった。
また、ジャーナリストの江川紹子さんにそっくりな常連さんもいるのだが、
今日この人が先述のニセ大川慶次郎と同時に来店し、
彼を「おとうさん」と呼んでいたので腰を抜かしました。

2.− コンビニのある風景 −

私がレジを打っていると三軒先の家具屋のおばさんがやってきた。
「ああ、いたいた」
私の姿をみとめるとニコニコして言った。
「注文してくれたカラーボックス、届きましたよ
そうだった。2ヶ月ほど前、このお店に頼んでおいたのだ。
「東南アジアの生産物だから仕入れに時間かかっちゃって」
笑うおばさんに礼を言って見送ると、今度は近所の靴屋のご主人が入ってきた。
ビールをレジに置きながら、いつもは無口なご主人が言う。
学校はいつから始まるの?
この靴屋では、以前短期バイトをして、北海道旅行の資金を貯めたことがある。
「1月11日からです」
答えると、
「大学も小学校も一緒なんだねぇ」
と、感心して行ってしまった。

「ちょっと、一番搾りの大瓶を10本、ツケといて
慌ただしくそう言って、近くの料理屋のおかみさんがビールを抱えて出て行った。
うちは、古い付き合いのあるご近所にはツケがきく。コンビニってそういうものだろうか
悩んでいると、町内のお寺の奥さんが来店した。
いつものを20、配達してください
断っておくが、うちの店は宅配サービスとかを行っている大手コンビニではない。
単に商店会の付き合いが深いので、オーナーが親切にしているのだ。
ほとんど「こち亀」の世界である。

夕方には小学生達が小銭を握りしめて、うまい棒やビックリマンチョコ、よっちゃんイカなどを
買って行った。
都会の喧騒の中でいつまでも昔ながらの営みを続ける、それがうちの店だ。

1.- 冬の情景 -

ある日、一人のお客がやって来て言った。
「肉まんを一つください」
コンビニでふかしまんを買ったことのある人ならわかると思うが、
まずふかし器からトング(まんじゅうを掴む道具)で掴んで肉まんを出し、それを
ふかしまん専用の小袋に入れて、場合によってはさらに手提げビニールに入れて
お客様に渡すのである。
「かしこまりました。少々お待ちください」
私がトングで肉まんを取ると、その後の煩雑な手順を知ってか知らずか相手はきり出した。
「そのままでいいです」
今まさに小袋に入れようとしていた私は固まった。
「え・・・このまんまでいいんですか?」
そう言って、客の眼前にトングにはさまれた肉まんを振り上げた。
たった今ふかし器から出された肉まんは、もうもうと湯気を上げている。
彼は、しかし、静かにうなずいてゆっくりと右の掌を差し出した。
私は、振り上げたトングの先の物を彼の掌にそっと置いた。
「あぢッッ!!」
客の悲鳴が広くも無いレジに響いた。
しかし彼はすぐ立ち直り、
呆然とする私をよそに、掌の上からほかほか湯気をたてたまま行ってしまった。

あれからしばらく、彼の姿を見ない。

0. 雄大なる大河のひとしずく〜プロローグ
それは、ひどく気だるい午後だった。
初めての出勤日は、プレッシャーと憂鬱に満ちていた。

そもそもバイトにコンビニを選んだのは…数日前に「すきすきコンビニ」(キリングセンス著)
を読んだからじゃないんだ、決して。
そこに「コンビニは十人十色の愉快なお客の相手ができる」とか、
「賞味期限切れの食料がもらえる」とか、
「いろんな世代・立場のバイトさんと知り合える」ようなことが
書いてあったからじゃないんだ、一応。

まあ、軽そうな仕事だとタカをくくっていたことは認めよう。
そしてその油断が、今の憂鬱に直結していることも・・・。
これより少し前、私は研修でレジの扱い方を習っていた。
ただ商品についてるバーコードをスキャンして金額をはじき出すのは造作ない。
接客は靴屋のバイト経験から、大得意だ。
しかし・・・。
「じゃあ、3つ前の商品を取り消すときは?」
「宅急便の扱いは?」
「その宅急便が着払いだったら?」
「ビール券で買う人には?」
「切手・印紙の販売は?」
「バーコードが登録されてない商品は?」
「お弁当を温めるときのレンジのボタンは?」

などなど、次から次へと難題がつむぎ出されてくる。
結局、何一つ頭に入らなかった。

>そんな暗い過去を背負って初日を迎え、誰が心楽しくいられるだろう。いや、誰もいられまい。
これで組んで仕事する相手がイヤな奴だったら目も当てられない。
どうか、パートナーくらいは恵まれますように。
できれば、年が近くて、明るくて、仕事ができて、思いやりがあって、少しばかり可愛ければ
何も言うことはないのだが(あたりまえだ)。
そんな気分で出かけていったら、紹介されたのが1つ下のMちゃん。
仕事も丁寧に教えてくれるし、これはいけそうだぞ♪
タバコは種類が多いから、がんばって覚えてね」
言われて、レジ後方に目をやって愕然とした。
なんだ、この数。
しめて125種類 のタバコ、煙草、たばこ、たまてばこ・・・・。
私、マイルドセブンセブンスター(マイナー。)くらいしか知らない。
しかも、マイルドセブンにも、ノーマル、ライト、ライトボックス、スーパーライト、ワン、
エクストラライト、メンソール、FK
などがあるなんて・・・・。
ボックス(固い箱入り)とソフト(紙包み)があることすら、今初めて知ったのに。
立ち尽くしていると、そこへはじめての客。
「いらっしゃいませ」
愛想笑いを浮かべた私に客は言った。
「モアのメンソールをカートンで」。
異次元の言葉を繰り返す客を尻目に、私の意識は遠のいていった。
時に1998年弥生の月、戦国の世の幕開けであった。

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